日本を代表する俳句の聖地、金福寺の庭をご紹介します。

金福寺10


金福寺の沿革

佛日山金福寺は貞観6年(864年)安恵僧都(あんねそうず)が慈覚大師・円仁の遺志により創建されました。その後荒廃したものの江戸時代中期、圓光寺の沢雲長老の法嗣鉄舟和尚が再興し臨済宗南禅寺派となり今日に至ります。

俳句の聖地

金福寺は松尾芭蕉や与謝蕪村にゆかりのある俳句の聖地です。松尾芭蕉は金福寺の草庵で閑居していた鉄舟和尚を訪れ風雅の道について語り合い親交を深めました。その後、それまで無名であった草庵を「芭蕉庵」と名付け芭蕉を偲びました。さらに85年後、与謝蕪村が金福寺を訪ねて荒廃していた「芭蕉庵」を見て大変惜しみ、安永5年に再興し、天明元年に俳文「洛東芭蕉庵再興記」をしたため金福寺に納めました。そして、芭蕉庵が完成した際に一句読みました。

"耳目肺腸 ここに玉巻く 芭蕉庵"

金福寺庭園

それでは、いよいよ金福寺庭園をご紹介します。金福寺庭園はツツジの刈込を山の斜面に沿って重ね、その上方には三段の大刈込が施されています。刈込の手前には白川砂の明るい砂地が広がり、刈込の背後には「芭蕉庵」が見えるようになっています。枯れ山水式庭園です。

まずは、山門の様子からです。斜面沿いの細い階段を上がると瓦屋根の山門があります。

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正面にある受付を済ませ、庭園へと進みます。中門がありそれをくぐると金福寺庭園になります。

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庭園へのアプローチは切石と自然石を組み合わせた「行」の延段となっております。

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中門を抜けると右手に蹲があります。「吾唯足知」(われただ足るを知る)を記した蹲です。吾唯足知とは、現状で自分は満たされているありがたさを知っていて、欲に対する追求が無い事を表した言葉です。

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それでは、庭園の様子を見ていきましょう。中門をくぐって右手から左手へと見ていきます。

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白川砂が明るく広がる庭園にサツキの刈込や生垣で庭園の骨格を作った中に落葉樹をちりばめ季節感を感じさせる庭園となっております。

そして、サツキの刈込の向う側を斜面に沿って歩いていきます。するとその向こうには「芭蕉庵」が見えます。

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そして、登っていき、ふと、振り返ると金福寺の建物と白川砂の大海の様子と共に京の街が見えてきます。建物お庭の関係がとても良く分かる美しい景観です。

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刈込の向う側に「芭蕉庵」はあります。

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床の間や京都の街を見渡す方向に蔀戸が設けられています。近くにある「詩仙堂」の非公開の2階からも同じように見えるのかと想像してしまいます。

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いかがでしたでしょうか?これからの紅葉の季節や春の桜、サツキ、夏は桔梗なども楽しめそうです。紅葉を楽しみながら先人たちの俳句に思いをはせるのもいいかもしれません。

アクセス

〒606-8157 京都府京都市左京区一乗寺才形町20



  • バスを利用する場合
    JR「京都駅」から市バス5系統 「一乗寺下り松町」下車 徒歩10分

  • 電車を利用する場合
    叡山電鉄「一乗寺」下車 徒歩15分


拝観時間 : 9:00a.m.~17:00p.m.
料金 : 大人400円 高校生200円 小人無料
TEL : 075-791-1666
FAX : 075-791-1666
公式HP : なし